Nov 26, 2007

第4作 「~対カンボジア経済政策~アジア開発銀行の理念とその成果」

1. はじめに
平成19年10月15日東京、福田康夫総理とヘン・サムリン・カンボジア国民議会議長との会談が、行われた。その概要は①貧困削減と成長の為の10億円の円借款供与、②第二メコン架橋建設を迅速に推進、③日本企業の投資促進の為の環境整備、④日本のカンボジアに対する政治解決への参画、クメール・ルージュ裁判など援助供与についての謝意、であった。この様に、日本とカンボジアの関係は、ドナーからパートナーへと、その重心を徐々に移行する動向が見られるように変化してきている。だがこの背後に、カンボジアの政治の安定と、順調な経済発展が隠されている。一連のレポートでは、和平条約締結から現状に至るまでの過程で、世間にはあまり知られることのない、日本(人)の多大なる努力を明確化することに力点を置いてきた。そこで最終回は、アジア開発銀行(以下、ADB)の対カンボジア援助政策について検証を試みる。
2. ADBとカンボジア
ADBは、アジア・太平洋地域の貧困を削減し、生活水準の向上を目的として、1966年に設立された国際開発金融機関である。業務内容は、資金貸付、技術援助などである。日本は設立当初から最大の出資国で、歴代の総裁はすべて日本人である。ADBの長期業務戦略:①貧困層重視と持続的な経済成長、②包括的な社会開発、③グッドガバナンスを重点戦略
ADBの援助は、1966年以来の累計(2007年時点)で、貸付31件912,240,000ドル、無償援助14件79,050,000ドル、技術援助9,138,000ドルであるが、その援助の大部分は、和平条約締結の1992年以後から供給されている。


表 1 2005年中の全プロジェクト

3. 貧困との戦い、成長促進(ADB 2005版報告書より)
3-1. 医療費と平均寿命
ADBは、「保健セクター支援」プロジェクトの下で20,000,000ドルの貸付を供与した。これは、公共医療施設の運営および改善を民間組織に委託する政府のプログラムに対しての貸付であり、その目的は、民間委託による人々の医療へのアクセスの拡大である。
カンボジア人の平均寿命は比較的短く、妊産婦死亡率及びHIV感染率が高い。だが、これまでの公共医療施設では、高額の費用を要求される為、利用者が少ないのが実状であった。これを大幅に改善するために、広範囲にわたる革新的な政策「保健セクター支援」プロジェクトを導入した。
この委託制度の下で、特に貧困層の間で公共サービスの利用が高まりつつある。いくつかのプロジェクト地区では、自己負担医療費の平均額が、1人当たり30 ドル以上も低下した。これらを委託されたNGOは、清潔な診療所、予測可能かつ職業的かつ丁重なサービス、そして治療の成功によって、人々を引きつけている。また、強制可能な契約、金銭上のインセンティブ、受益者負担金および達成可能な目標を用いてスタッフの意欲を高めている。この様に、全体的なサービスの質が改善し、特に、公務員による個人営業がなくなったことが効果として挙げられる。それは、政府診療所での給与は、月10~30ドルとあまりに低い、その為、医療スタッフは公然と保健センターの外でサービスを提供し、公式給与の10 倍の収入を得ていた問題が改善したことを示す。つまり、スタッフの給与が、時間の100%を公共システムに捧げてもよいと思う水準に引き上げられたのである。その一例として、医師と県の管理担当者の間で、給与は月120~180ドルとすることが合意されている。

3-2. 東南アジア最大の湖と周辺住民の生活
ADBは「トンレサップ・イニシアティブ」の下で、カンボジア政府に対し、カンボジアの大部分を支える豊富な天然資源を保護する計画の策定を支援している。これは、地方上下水道(18,000,000ドル)及びトンレサップ盆地の持続可能な生計(15,000,000ドル)の無償援助プロジェクトである。
古来より、住民は東南アジア最大の淡水湖の季節的な干満を掌握し、コメの生産量を最大化してきた。それは今日でも同様で、人々は、主食の稲作の過程で、モンスーン期に水田

写真1 トレンサップ湖での漁の風景(左)と水路(右)
に引く水をトンレサップ湖に依存している。また、漁業によって、主要蛋白源の供給を受けている。これらは、その土地、水および生物資源は、湖に隣接する州の人口の40%に直接的な便益を与え、それ以外の地域においても食料安全保障と雇用を支えている。また湖は、生物多様性の保全に関して世界的な重要性を有しているのである。
近年、漁業資源と野生生物の乱獲、浸水林の農地への転換、そして燃料のための木材採取によって、このバランスが危険にさらされている。流域における広汎な森林伐採によって動植物の生息地が破壊され、水質と土壌の質が悪化し、沈泥率が上昇している。
そこで政府は、1993年にトンレサップ湖を多用途保護地域に指定した。国連は1997 年にトンレサップ湖を生物圏保護区に認定した。2003年には、ADBが「トンレサップ盆地戦略」を完成させ、2005~09年の国別戦略・プログラムおよびその年次更新における地理的な重点を設定した。開発目的は、貧困層を重視した持続可能な成長、資産へのアクセスおよび天然資源管理・環境管理を助長・促進することである。
湖への脅威は盆地全体の視点から考慮しなければならないが、すべての問題を同時に解決することはできない。介入活動は8年をかけて湖の中核地域から上流の集水域に遡り、このサイクルを必要なだけ繰り返すことになっている。ここで得られる経験と教訓は、複雑な生態系の長期的な保全活動に取り入れていく予定である。
この様な経緯の基にADBは、イニシアティブの一環として、トンレサップ盆地近辺の100万人を超える住民に対する安全な飲料水の提供を承認した。この無償援助では、盆地に隣接する5州の約1,760村に上下水道施設を提供するプロジェクトに資金を提供する。また、約72万人の農村住民の衛生環境を改善し、コミュニティが施設に責任を持つように訓練し、保健衛生に関する意識調査を実施するものである。
4. ADBの問題点
カンボジア・トンレサップ湖の北端にあるチョンネア村の事例(IPS=カリンガ・セネヴィラトネ、2月3日付より)は、ADBの「トンレサップ・イニシアティブ」が必ずしも成功しているとは限らないことを示している。その問題は、商業主義的な漁業がのさばり、地元の漁民を駆逐していることである。1999年に、カンボジア政府が湖の一部を地元の漁業のための領域として指定し、2003年には、アジア開発銀行が、地元漁業支援のために997,000ドルを与えている。だが現実は、営利的な業者が地元の警官や準軍事組織と結託して、地元漁民を違法に追い出している。生活上の障害が発生している。
5. まとめ
経済成長の加速に対する障壁を取り除くために、ADBは基礎的なインフラを重要視していた。経済成長は、生計機会の貧困層への拡大を支援する相補的なサービスおよび活動と結びつく場合には、貧困削減努力における重要な要素となる。また、カンボジアは、まだ発揮されていない民間による大きな潜在力を有している。ADBは、開発事業において民間セクターの支援を引き出すことも重点テーマとしていた。また今後、改善すべき課題もあることが判明した。その問題の根本には、ADBの①影響を過小評価し、対策費用を最小化、②責任所在の不明確性、という体質があるのではないだろうか。
6. 感想
ADBは、貧困根絶、経済成長促進を基本理念としている。なので、今回はそれに即した案件を取り扱った。カンボジア人の平均年収は、300~400ドルである。それから考えると、自己負担医療費の平均額が、1人当たり30 ドル以上も低下したことは、とても大きな変化である。また、カンボジアにおいても環境的に持続可能な成長が、必要不可欠であると感じた。このイニシアティブで特徴的であると感じたのは、段階を追って実施される事と、貸付および無償援助の組合せによって盆地全体を対象とする総合的な問題解決アプローチを策定している点である。この理念は、日本への利益とつながる。
日本とカンボジアとの経済的なつながりは、これから構築されるであろう。冒頭のヘン・サムリンの来日は、来年の選挙を見越したアピールであることは、明白である。だが、彼が日本に来ることによって、選挙に有益性が生じると感じているのであれば、それは日本の政策の大きな成果ではないか。
私は、今後の両国の経済的発展、深厚な関係を期待する。

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